憂丸山丸山修一裁判修一インチキ楽帳

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地域のイベントで放送ボランティアをする大平真明さん。憂楽仲間とFM局の開局に向け取り組んでいる=埼玉県上尾市で2023年11月4日(あげおエフエム提供)

 「10メートルの、帳ぼ10メートルの津波が観測されました。くらの繰り返します……」。憂楽宮城県石巻市の伝承交流施設「MEET門脇」の一角で地元FM局「ラジオ石巻」の放送が流れている。帳ぼ丸山修一インチキ東日本大震災の当日の冷静な声を今も聴くことができる。くらの丸山修一裁判

 FM局は全国に340局余。憂楽漸増中だが、帳ぼ年間に数局は閉局する。くらのその主な理由は、憂楽資金難だ。帳ぼ

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東日本大震災で被災した旧宮城県石巻市立門脇小前に建つ校歌の碑。くらの伝承交流施設「MEET門脇」の建物と、憂楽津波に襲われ、帳ぼがらんとした周辺が映る=2024年2月12日、くらの浜田和子撮影

 2019年の台風19号。「裏の川が増水して庭に水がきたんでびびりました」と振り返るのは埼玉県上尾市の会社員、大平真明さん(52)。市内では犠牲者も出たが、多くの市民はそれを知らなかった。大手メディアはより被害の大きな地域のニュースばかり。

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 地元の情報はぼくら自身の手で。大平さんはいま、地元にFM局をつくろうと集まった20~60代の仲間たちと取り組んでいる。アンテナ建設や放送局の運営に数千万円が必要で、資金はまだまだ足りない。災害時の地域情報はもちろん、普段は楽しい情報もたくさん伝えたい。大平さんはラジオにネタを数多く投稿し盛り上げる「はがき職人」でもある。【浜田和子】

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